profile_sakura

クリックで拡大

「”今”にたどり着くために、たくさんまわり道をしましたね」

 

育ったのは千葉県内の普通の住宅街。
便利さはあるものの、住んでいてワクワクした気持ちを感じることがなかった。

「例えば、東京への通勤・通学に1時間以上、満員電車に揺られて通うんですけど・・・、なんかきついな~って思ってるのに、みんな通ってるからって、そのことを考えないようにして生きるみたいな。
たくさんの選択肢があるけれど、どこか、しっくりするものがないなって感じてました。」

なんとなく考えていた、ここではない場所で生きていきたいという漠然とした思い。
20代の前半で、その夢をかなえるチャンスがやってきた。

「卒業旅行でアフリカのケニアへ行きました。その時に手配をお願いした旅行会社の会報誌に求人募集を見つけて、「これだ!」って思って応募したのがきっかけで、ケニアの旅行会社で働くことになりました。」

「価値観が変わる毎日でした」

始めての海外生活は、驚きと発見の連続だった。

「ケニアでの生活は、日々、自分の中の価値観がガラガラと崩れることの連続でした。でも若かったからか、いろんなことが刺激的で楽しくて! もちろん、価値観の違うケニアの人と仕事をしていると、ブチ切れて怒ることもしょっちゅうありましたけど、怒る言葉も、好きも嫌いも、100%本気で伝えても、壊れることのないケニアでの人間関係は、ストレスがたまらず、次から次へと起こる問題も、楽しんで乗り越えている毎日だったように思います。」

そんな彼女にも転機が訪れる。
それが、結婚、そして出産だった。
子どもを産んだことで、ずっとケニアで生活していくのか、その後の人生をどんな環境で過ごすかを考え始め、そして日本への帰国を決めた。

「ケニアへは、1人で行って、主人と出会い2人になって、子どもを産んで3人になり、10年ぶりの日本での生活が始まりました。
生活の場所に選んだのは主人の出身地であった、香川県三豊市でした。
香川の第一印象は、小さなお椀をひっくり返したようなかわいいお山や、穏やかな瀬戸内海の海に、「日本昔話の世界みたい!」と、くすっと笑ってしまいました。
どこかほっとし、そして一瞬で、その景色や空気感が好きになりました。
そして、雑誌の世界などで見ていた憧れの「田舎暮らし」が始まるみたいな感じで、とっても軽い気持ちで、香川での生活をはじめました。」

「自分探しの毎日でした。」

ところが、現実は厳しかった。

「香川での生活が始まっても、できることは何もないし、友達もいない。そして、10年ぶりの「日本の冬」を体感したんですけど・・・これが寒くて。家族全員、病気がちで、日本で暮らし始めて最初の1年は、心も体もどん底まで落ち込みましたね。」

「でも、何かしないと始まらないので、カフェのバイトを見つけたり、興味のあったマクロビオティックの料理教室に通ったり、一歩ずつ、外へ踏み出していきました。
料理の仕事に興味があったので、足を踏み入れてみたんですけど・・・、これがあまり向いていなくて(笑) 食べるのは大好きだけど、仕事にはならないなって早々に気が付いて、また「自分探し」の迷走の日々が始まりました(笑)」

そして、一番苦しかったのは、人との距離感だった、と彼女は話す。

「ケニアは、自分の意見を伝えないと生きていけないところでした。でも、日本は違うじゃないですか(笑)。 言いすぎてはいけないんじゃないかと、思ったことが全く言えなったり、または、自分の意見を出し過ぎて人間関係を壊してしまったり、失敗の連続でした。
仕事も、人間関係も、何をやってもダメなんじゃないかって、苦しかったですね。」

「この場が好きだから、もっと知りたかったし、伝えたかった」

そんな時、「三豊観光大使募集」の告知を目にした。

「あ、私、この場所が好きだって思っていたはずなのに、何にも知らないって!」

「年齢も性別も問わないって書いてあったので応募したんですけど・・・実際は若い女子を募集していたらしいんです。でも、滑り込みでメンバーに入れていただいたみたいです(笑) 37歳から、40歳までの観光大使っていうのは、おそらく・・・最年長記録ですよね!」

観光PRなどを手伝う機会が生まれ、地域で活動している方たちと出会うようになった。
さらに、観光大使をしていたご縁から、三豊市の情報を発信するラジオ番組が始まるということで、レポーターとして声がかかった。

「三豊市内の行ったことのない場所へ行き、番組テーマの「三豊のほんまモン」を探す日々に、あっという間に夢中になりました。
この地で想いをもって生きている人たちとの出会いやお話は、本当に楽しくて、夢中になってお話を聞いているうちに、「サイセイ」っていうのかな・・・、私が私らしく、目の前のことを大切に過ごせるようになっていました。」

「Radio&ブログの仕事も、今年で7年目になります。今は、「三豊のことだったら、何でも聞いて!」と言えます!!!
そして、知れば知るほど、「みなさ~ん、いいところだから遊びに来てください~」って、大声で伝えたくなりました!この土地にも、力強く生きる人たちにも、人を元気にするパワーがあるよなって思って、よ~し、これからたくさんの人が来たくなるような仕掛けを作っていくぞって!」

そんなときに出会ったのが、この無双地図のメンバーたちだった。

「自分たちの大切なものを取り戻していく…そんな手伝いがしたい」
(本人からのメッセージ)

この地で、ずっと生活してきた人たちは、『ここには何もないから』って言います。

でも、「よそ者」だった私にしたら、この地に当たりまえにある、豊かな自然、新鮮でおいしい食材、ゆったり流れる時間、そして、魅力的な人たち・・・、どれもが、ここにしかなくて、すごく貴重なものだなって感じるんですよね。

そんな、「ここにある当たり前」をつないでいくことで、この地に「旅」に来た方が、ほんわかあったかい気持ちになって、なにか大切なものを取り戻していけるような・・・そんなことを一緒に感じられるガイドに、なっていきたいですね。

私が、この地に一番助けられましたからね! これからですね!